グッと身近に来る日本史

読書でタイムトラベラー/時空を超えた世界へと旅立つための書評ブログ

著書紹介『Dreamer 小林一三』

 わがままで、どこか芸術家風
 今までにない何かを世に出してくる、といった期待感ある経営者
 あれっ?、これってスティーブ・ジョブズと一緒じゃないか!
 

 

 

 一世紀前の「stay hungry, stay foolis」  (本書あとがきより)

 

  小林一三とは、ふしぎな人である。

 執筆しながら疑問に感じていたのだが、なんでこんな時に、と思うような仕事が大変な時期ほど、宝塚歌劇の脚本を多く書いた。酒に浸る、やけ食いをする、高級ブランド品を買いあさるなど、人それぞれにストレスの発散法はあるのだろうが、この人の場合は、創作に向かったようだ。それだけ想像力がたくましかったのであろう。

 そのような性格の人間が、規定通りに仕事をしなければならない銀行マンなど向いているわけがない。当時のエリート集団と言われた三井銀行に入行しても、すぐに落ちこぼれた。決して仕事ができなかったわけではないだろうが、個性が強くて、そりの合わない上司とはうまく仕事をこなせなかったようだ。

 小林が才能を開花させたのは、鉄道業に転じてからである。鉄道業は今でこそ、財界でも名門と目されているが、当時はまだ海のものとも山のものともわからないベンチャービジネスだった。そんな訳のわからなかったベンチャービジネスに転じた小林は、その想像力をいかんなく発揮し、次々と人々の暮らしを変えていったのである。

 中でも“代表作”と言えるのが宝塚歌劇団だ。その宝塚も設立から、はや一世紀。本書もその一環としての復刊となった。

 宝塚が創設されたのは大正時代のはじめ。夏目漱石が『こころ』を連載していた頃である。大衆向けの近代的な娯楽の黎明期で、小林は演劇(宝塚)を起点に、映画(東宝、ちなみに東宝とは東京宝塚劇場の略で、もともとは宝塚の東京公演用の劇場を運営する会社として設立された)、テレビと新しい娯楽を次々と産み出し続けた。

 そのような小林と時空を超えて重なる人物がいる。米国アップル社の創業者、スティーブ・ジョブズである。

 ジョブズも単なる経営者ではなかった。アップルのコンピュータは他社とは全く異なる存在感を持ち、「ipod」「iphone」「ipad」など独創的な商品群を次々に世に送り出した。社会はジョブズに対し、「何かをやってくれる人」という期待感を抱き、アップル社の株価は業績以上のブレミアム価格がつくのが常だった。

 また、ジョブズも好き嫌いの激しい人で、一緒に仕事をした人の中には、すばらしいと絶賛する人がいるかと思えば、二度と一緒に仕事をしたくないという人もいる。毀誉褒貶のある人物だった。独創性のある人物とはこうしたところがよくあるもので、これも小林と通じるものがある。

 そんなスティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式で行った伝説のスピーチがある。

 そこで、ジョブズは毎朝、鏡に向かってこう語りかけていると打ち明けた。「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私はやりたいだろうか」。そして、その答えとしてNOが続くようだとしたら、そろそろ人生転機だと考えなさい、と学生に説いた。

 そして、最後は、「stay hungry, stay foolish」と言って締めくくった。「常にどん欲に、常識にとらわれず」といったところだろう。これはジョブズ自身が若い頃からそうあり続けたいと願ってきた言葉だそうである。

 対する小林はといえば、その最晩年に東宝でやはり伝説と言われるスピーチを行っている。詳しくは本編に記した通りだが、「老人の私でもこれだけ夢がある。若い人はなおさら夢がなければならない」とは、八十を過ぎてなかなか言える言葉ではあるまい。

 表題となった『Dreamer』(=夢見る人)とは、時に他人から見れば、foolish(=常識はずれな、無謀な)な人である。それでも、Dreamerでい続けられるかが問題だ。「夢を見続けられる人」なら社会を変えることもできる。

 こういう人物は育てようと思っても育てられるものではないが、低迷続く日本に出てきて欲しい人である。


  2014年初夏

                                  宮 徹

 

 ※この記事は宮徹オフィシャルサイトからブログ用に転載しました