グッと身近に来る日本史

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幕末動乱の末に英国が見た京都御所

 王政復古の大号令直後の1868年2月(慶応4年1月)、新政府は国際法に基づく外交を行うことを宣言、天皇が英仏など各国公使に謁見することとなりました。英国とは、公使ハリー・パークス襲撃事件のため一端延期されましたが、事件3日後には正式に謁見が行われました。

 

 この時の京都御所や明治天皇の様子は、パークスに随行していた外交官アルジャーノン・ミットフォードの回顧録『英国外交官の見た幕末維新』に、10ページにわたって詳細に記されています。当時の御所や朝廷の様子を伝えたものという点では、非常に貴重な証言だと思います。

 

 

 

京都御所は「気高く簡素な造り」

 

  まず御所に入ったミットフォードは、派手さはないものの、精錬されたその美しさに圧倒されます。

 

 天子様の宮殿は、「東洋的な華麗さ」という言葉がよく使われるように、外観を派手に飾り立てることの好きな普通の東洋の有力者の屋敷と違って、気高く簡素な造りが特徴である。

 

  場所の節約は常に見すぼらしい結果を生むものだが、ここではそれが全くなかった。中庭は広々として美しい白砂が細心の注意をもって整然と敷き詰めてあった。建物は普通の形だったが、全く飾りがなく、大きく広々として威厳に満ち、それが大きな特徴になっていた。

 

  幕末に日本を訪れた外国人の多くは、当時の日本人の簡素な暮らしぶりを、好感を持って見ていました。たとえば、ドイツ生まれの外交官、文筆家だったルドルフ・リンダウは、1864年にフランスで出版された『日本周遊旅行』(翻訳名『スイス領事の見た幕末日本』)の中でこう記しています。(注:ドイツ生まれなのにスイス領事とは間違いではないのかと思われるかもしれませんが、間違いではありません。当時はこういうこともままあったようです。)

 

 日本の家屋は大変簡素である。厳格な清潔さがその主要な装飾なのである。

 

 

 日本人自身が当たり前のように考えていて、普段は気づかない潜在的な意識を、外国人は第三者的な立場からズバリと言い当ててくれます。

 

  このような「精錬された簡素さ」の極致が京都御所であって、少なくとも当時の日本人の美意識の表れだったのでしょう。

 

 ミッドフォードは、同じ東洋と言っても中国やインドとは違う日本の「精錬された簡素さ」が印象に残ったようです。

 

 そう言えば、米国アップルの創業者、スティーブ・ジョブスは、日本のこの「精錬された簡素さ」に影響を受けたひとりで、自社の製品デザインに反映させていたと言われています。今では多くの人が手にしている同社のiPhoneも、そういう意味では日本人の古くからの潜在的な美意識に合っているのかもしれません。

 

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アップルの創業者、ジョブスも日本的な「精錬された簡素さ」に影響を受けた 。今では多くの人が手にしている同社のiPhoneも、実は古くからの日本人の美意識に源流が…。(photo by PAKUTASO、撮影:すしぱく)

 

次回は、謁見時の明治天皇について