英公使の見た攘夷吹き荒れる『大君の都』
今回は、幕末にイギリスの初代駐日総領事(後に公使)として来日したラザフォード・オールコックの記した『大君の都-幕末日本滞在記』を読みながら、攘夷運動吹き荒れる幕末にタイムスリップしていきましょう。
本書は、オールコックが来日した安政6年(1859年)5月から文久2年(1862年)3月に一時帰国するまでの3年弱の期間を中心とした幕末ニッポンに関する記録で、1863年にニューヨークで出版されたものを、神戸女学院大学で学長などを務めた歴史学者の山口光朔(こうさく)氏が訳しています。
オールコックは日本滞在中、日記とまではいかないものの、折に触れてメモを残していたようです。それを帰国後に編年体にして充実、まとめたのが本書になります。
初代英国公使、ラザフォード・オールコック
ちょうど彼の日本滞在中に起きた出来事としては、前年に始まっていた安政の大獄から、井伊大老の暗殺(桜田門外の変)、攘夷派浪士がイギリス公使館を襲撃した東禅寺事件、坂下門外の変、和宮降嫁など。攘夷運動が最も盛んだった頃になります。
イギリスが本格的に日本史に影響を及ぼすことになる、生麦事件から薩英戦争、4カ国連合艦隊による下関砲撃などの事件についての記述は、オールコックの一時帰国から半年後に来日することになる、同じイギリスの外交官、アーネスト・サトウの記録に詳しいのですが、それ以前の日本と英国ひいては諸外国の関係を知る上で、本書は欠かせない一冊と言えます。
とくに、海外の外交当事者から見た幕末史料という点では、ペリー艦隊の公式記録『ペリー提督日本遠征記』、米国の初代総領事タウンゼント・ハリスの『日本滞在記』、ハリスの通訳だったヘンリー・ヒュースケンの『日本日記』に続き、また、後にくるアーネスト・サトウによる『一外交官の見た明治維新』との間を埋める、唯一の本となります。
ただ、本書は悪文で、読みこなすにはかなりの根気が必要です。欧米人にしかわからないような比喩が多く、文章は冗長で、改行がひとつもないページもかなりあります。翻訳を担当した山口氏自身、
率直なところ、オールコックの文章はお世辞にもあかぬけしているとはいいがたい。酷評すれば、その文体たるやまことに悪文だといわざるをえない。
と解説しているほどです。
それでも、だらだらとした長い文章の中には、きらりと光るオールコックの貴重な体験と鋭い観察をかいま見ることができて、まるで宝探しのようです。今回のシリーズでは、そんな宝物をいくつかピックアップして、ご紹介していくことにします。