グッと身近に来る日本史

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「桜田門外の変」の衝撃、動乱の時代の幕開け

 幕末の英国公使、ラザフォード・オールコックの記した『大君の都-幕末日本滞在記』を読むシリーズ4回目。桜田門外の変の詳細がわかるとともに、オールコックは急速に日本を覆い始めた社会不安を感るようになります。

 

 

 桜田門外の変の第一報を聞いたオールコックの驚きと事件直後の混乱ぶりについては、前回、触れたとおりです。

 

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 それがやがて、井伊大老の暗殺が水戸藩の浪士らによって行われたこと、暗殺の場所が江戸城の真ん前だったことなどの詳細がわかるにつれ、オールコックは事の重大性を深く意識し始めます。彼自身の表現による桜田門外の変の概況は以下の通りです。

 

 白昼に、自分の家が見え、しかも大君の邸宅に近いという場所において、官職ではこの国で上から二番目の高官が、自分たちの主君が虐待されたことを復讐するために一種の騎士道精神と異常なまでの勇気をもって自分の身をささげた、王家(徳川家)の一員の家来である決死の人びとの小さな一隊によって殺された。

 

  しかも、です。暗殺が行われた当日の状況についても、オールコックは驚きをもって伝えています。

 

 大君の兄弟である紀州候(徳川茂承)のもっと大きい行列は、すでに橋をこえて、その向こうの門を通過しつつあった。一方、同じく兄弟のひとりである尾張候(徳川茂徳)の従者が、土手通から数歩のところにやってきていた。大老は、橋にいたる広い通りが集まってできている広場のところにいたから、二つの行列の中間にいたわけだ。

 

 権力の中枢である江戸城の真ん前で、しかも幕府を支える御三家の紀州と尾張の行列の中間で大老が暗殺され、犯人のほとんどがこれまた御三家の水戸の関係者であり、しかもたった数人の手によるとは、当時としてはこれ以上の衝撃的な事件はなかったでしょう。

 

 しかも、井伊大老と対立する勢力のリーダーであり、水戸藩で実権を握り続ける先代藩主、徳川斉昭の動静についても憶測が流れていました。

 

 その候じしん(徳川斉昭)は、ひきつづいて集めうるかぎりの家来とともに監視を抜け出し、かれの息子(徳川慶篤)に譲渡させられた自分の領地で反旗をひるがえし、要所にある城をうばいかえしたとのことであった。(中略)ひところは、これが内乱のはじまりであるのか、それともただたんに一方ないし双方の滅亡で終わるような二つの相対立する家の主人同士の党派争いの勃発にすぎないのかということがはっきりしなかった。

 

  実際には、この時の斉昭は安政の大獄に関連して幕府から水戸での永蟄居を命ぜられてはからずも水戸に戻っていたのですが、オールコックは安政の大獄の詳細あるいはリアルタイムでの情報を得ていなかったようで、斉昭が事件を主導した上に自らの意志で水戸に戻ったと解釈していたようです。

 

 さらに、水戸周辺の城をすでに落としたとまで言っていて、こうなるともう「水戸が倒幕の兵を挙げた」といった勢いです。

 

 現代のようなマスメディアがなかった当時のこと。幕府中枢の修復不可能とも言える深刻な対立が天下に明らかになるとともに、ここでオールコックが言っているような誤った見方や憶測までが、全国に広がっていったのでしょう。 

 

 ただ、細部では誤りもあったものの、オールコックの時代を読む目は確かでした。

 

  井伊掃部頭の殺害は、首都に暗い影-疑惑の影、それ以上の災難を予想させる不安の影-を投げかけた。市内の各地区は、二日間閉鎖された。その後もかなり長いあいだ、夜間は警戒がゆきとどいていた。

 

  現代の戒厳令のような状況に江戸が陥り、急速に社会不安が高まる中、オールコックはこの事件を契機に日本が新しい局面に入るのではないかとの悪い予感を抱きます。これが残念ながら的中していくことになります。

 

  幕末という時代がペリー来航から明治維新までのおよそ15年間であることにまず異論はないでしょうが、当時を生きた人々の回顧録を読んでいると、実際にはその中でもいくつかの局面があったことが伝わってきます。

 

 開国の是非が単なる議論だった時代(局面)はここで終わり、桜田門外の変以降はテロまがいの攘夷活動から軍事衝突へと、動乱の時代が始まることになります。

 


加古隆クァルテット『パリは燃えているか [Takashi Kako Quartet / Is Paris Burning]』

YouTube『TakashiKakoOfficial』より、NHK『映像の世紀』主題歌 。このページにぴったりの曲です。この曲をかけながら、オールコックの回想をお読みいただければ、きっとグッとくるでしょう。